雀巽の日記帳

雀巽が綴る日常の記録

「思考の整理学」が知的活動におけるベストプラクティスの宝庫だった

「思考の整理学」を読みました。

思考の整理学 (ちくま文庫)

思考の整理学 (ちくま文庫)

さすが刊行から30年以上経っても読まれ続けているベストセラーなだけあり、目が覚まされる本というか、これまでぼんやりと感じていたようなことがしっかりと言語化され、整理されている本でした。 タイトルに「整理学」とあるように、「わかる」「確かに」と思うようなことがしっかりと整理され、載っています。多くのことが自分の思考や知的活動のヒントになるのではないでしょうか。

正直「安いし買ってみるか」と買った本だったのですが、買って正解でした。 500円ちょいと滅茶苦茶安いのでぜひ買いましょう!

せっかくなのでいくつか印象に残った箇所をまとめてみたいと思います。

教え方

チームメンバーや部下、そして教え子に求めることというのは、当然必要な知識や技術を身に着けてもらうことがまずあると思いますが、自分で新しい知識、情報を習得する力を身に着けてもらうことも大事だと思います。少なくとも個人的にはこの二つ、特に後者を大事にしているつもりです。

この本で書かれおりハッとさせられたのは、

教える側が積極的でありすぎる。親切でありすぎる。何が何でも教えてしまおうとする。それが見えているだけに、学習者は、ただじっとして口さえあけていれば、ほしいものを口へ運んでもらえるといった依存心を育てる。

という箇所でした。正直、これは思い当たる節がありすぎるなと思いました……何かを教えようとすると、積極的にあれもこれもと教えてしまいたくなります。

例えば C 言語を教わる際などに、「これ*1は動かすためのおまじない」などのように説明されることが非常に多いです。後から意味を気づいたときに「なんだ!おまじないって言ってたけど、ちゃんと意味があるじゃん!」のように思い、自分が相手に教える際は、おまじないなどと言ってごまかさず、最初からどういう意味か教えてあげよう、と積極的に教えたくなったりします。そして、この積極性こそが、後続の学習者にとって有益であると……しかし、これは錯覚というか、自己満足というか、学習者の状況によっては逆効果しかないな、というのにこれを言われて思い至りました。

教えないことが、かえっていい教育になっている

本書では、あえて教えないことで好奇心を働かせる効果があると書いてありました。例えば昔の職人がすぐに弟子にあれこれ教えないのは、この狙いもあったのだろうと。 もちろんすべて見て学ばせるだけ、というのは効率の面で劣る点がありますが、少なくとも弟子からすると、長期間好奇心とフラストレーションを刺激されることは想像に難くないです。 現代の少年漫画ですら、意味を教えずにトレーニングをさせ、自分で考えさせ、気づかせるということをやっていたりしますね。もちろん、徹底的に何も相手に教えないのであれば、効率が悪い、人によっては一生気づかないかもしれない、などのデメリットはあるとは思います。

間違いなく言えそうなことは、相手に合わせた適切な量と質の教授を行うというのは非常に有用である、という点だと思います。

これにより、

  • 情報量が適切になるので、学習者が圧倒されず、最も伝えたい意図が伝わる可能性があがる
  • 全てを教えているわけではないので、学習者の知的好奇心を刺激する可能性がある

と思います。確実に自発性を身に着けさせる方法はないかもしれませんが、適切に相手の好奇心を刺激し続けるというのは大事なことだと思いました。

思考の醸造

寝かせること、忘れることの重要性、そして無意識の時間の重要性について書かれています。

日本語では「考えを寝かせる」そして英語では "sleep on it" と言った表現があるように、しばらくそれについて放置してみることの重要性というのは、意識的か無意識的か認知されていたのだと思います。 実際仕事でも「次の日の自分に期待」などと言って諦めて帰ってみると、翌日は嘘のようにその問題が解決できたり、ぼんやりとほかのことをしている最中に解決案が浮かんだりもしますよね。

そういった、多くの人が感じてる「入浴中や散歩中にいいアイデアが浮かぶ」といったような話について、しっかりとした言及があります。

端的にまとめてしまうと、

  • 同じことについて考え続け過ぎない
  • しっかりと忘れ、頭を騒がせないようにする
  • 無意識の時間の重要性を理解する

ということです。これを見て思い出したのが「先延ばし魔の頭の中はどうなっているか」という TED トークです。

こちらも無意識の力について、触れています。確かに経験的にも、集中して同じことについて考え続けているよりも、いったん頭をリフレッシュしたほうが良い発想ができたりします。

そしてこのリフレッシュという単語についても面白いことが触れられていました。実は英語では refreshments は「軽食」の意味もあるのです。 気分を変えるには食べたり飲んだりが有効というのも、言語に知見として残ってるのは面白いなと思いました。

このあたりいろいろなことが書かれているのですが、詳細は原著に任せるとします。

忘れる重要性

既に上で軽く触れてますが、忘れる、というのは重要です。思考を醸成するために不可欠とすら言えるかもしれません。 ただ、頭をそのことから離し切る、というのは言うほど簡単ではありません。どうやってうまく忘れるか、これについても触れられています。

例えばメモを取っておく。そうすると安心感から忘れる、などのようなことが書いてあります。これは非常に実感があります。 個人的にも TODO リストを忘れて、一つのことに集中するためのツールとして使っています。

あとは、上ですでに触れた軽食,そして運動や難読なほかの本を読んでみるなど、言われてみればその通りのことですが、忘却の重要性を意識してみると、こういった方法を選択肢として持っておくことの大切さがわかります。

思考の整理とは

思考の整理というのは、低次の思考を、抽象のハシゴを登って、メタ化して行くこと

優秀な人というのは、大なり小なりこの抽象化を常に行っていると思います。 具体と抽象の行き来の重要性については、認識している人は多いと思います。

ソフトウェア開発におけるデザインパターンも、まさにこの整理の結果の抽象化だと思います。

ことわざ

具体例を抽象化し、さらに、これを定型化したもが、ことわざの世界である。

現代まで生き残っている人類による抽象化の結果と捉えると、なんか良いなあと思います。そして確かにその通りかもしれません。

まとめ

正直細かい部分を抜き出すとキリがないですが、本当に多くのことが書かれています。 例えば書くことの重要性(書くことで整理が進む)、声に出すことの重要性(頭が違った働きをする、ラバーダッキングの有用性にも通ずる)、専門外に触れることの重要性(新しい発想が得られる)などがあります。

このように多くのことが書かれている理由は、著者が、

  • 人の発想はその人なりの型によって規制される
  • 自分の考え方を意識するには、ほかの人の型にれるのが有効
  • 思考や思考の整理については簡単に教えられない
  • 技術や方法を読者に提供しようという意図はない

と考えているからかなと思います。こちらについてはあとがきで触れられています。

著者なりのベストプラクティスを著者なりの整理・抽象化をもって、親しみやすい語り口でつらつらと語る、という本です。 その中から何か、自分なりの何かを感じ取れたら素晴らしい、そういうようは話なんだと思います。

最後に、個人的にこの本を端的に表す、最も重要なセンテンスと感じたのは以下の一文でした。

思考の整理とは、いかにうまく忘れるか、である。

「一度理解してしばらく忘れる」ことは知的活動において非常に重要だと思います。

無意識下の自分に、色々な関係のないようなことも取り込ませながら、難しい問題を解かせましょう!

*1:#include <stdio.h> が代表例